プロ入りした甲子園のヒーロー達 (1984年春のセンバツ甲子園大会)




〜石田文樹(取手二)のピッチング〜



動画は1984年春のセンバツ甲子園より。石田文樹は取手二高のエースとしてチームを引っ張り、春はベスト8進出、夏は桑田・清原擁するPL学園を破り優勝した。

高校卒業後は早稲田大にスポーツ特待生として進学するも大学の体質になじめず半年足らずで中退。その後、1986年2月、社会人の日本石油に入社した。

1988年ドラフト会議で大洋に5位指名され入団。6年間在籍し、通算成績は25試合登板、1勝0敗0S、防御率4.59。引退後は打撃投手に転向するも、2008年7月15日、直腸がんのため死去。41歳だった。

亡くなった翌日、長男の翔太君(神奈川・川和高)が北神奈川大会3回戦で先発。悲しみを乗り越え、チームを勝利に導いた。翔太君はその後、早稲田大に進学。準硬式野球部に所属。