プロ入りした甲子園のヒーロー達 (1973年夏の甲子園大会)




〜江川卓(作新学院高)の甲子園〜



1973年夏の甲子園…。高校野球人気絶頂だったこの時代、日本中が怪物・江川に釘付けとなった。

1回戦を順当に勝ち上がり続く2回戦、雨の中、銚子商・土屋(のちに中日)との投げ合いとなり、延長12回、江川は雨に濡れたボールの滑りを気にして制球が定まらず、痛恨の押し出しサヨナラ負け。

高校卒業後の進路に注目が集まったが、慶応大進学の意思が固く、ドラフト会議前にプロ拒否宣言。にも関わらず指名順位6番目の阪急が強行1位指名した。


■ドラフト会議終了後の江川卓のコメント

★阪急指名は誰に聞いたの?
「最後の授業が終わったあと、友達がラジオで聞いたと、教えてくれた。でも、指名を受けたところでボクには関係ない。もともとプロには行く気がなかったのだから。一部の新聞では巨人なら入るのでは?といわれていたので、できればパの球団ではなく、巨人に指名されてそこで断りたかった」

★進学説の君をあえて指名した阪急をどう思うか。
「確実に入団する人を指名すればよかった。阪急は選手一人をソンしたことになる。気の毒?そんな気もする」

(1973年11月21日の朝日新聞より抜粋)


発言の善悪はさておき、これだけはっきり物を言う高校生は珍しい。興味を引いたのがいの一番くじをひいた大洋・矢野代表のコメントで、「一番クジで江川か慶大・山下で迷った。山下にしたのはオーナーに電話して決めた」
(注:当時のドラフトは指名順抽選制度

歴史に「もしも・・・」は禁物だが、もしも大洋が江川でいったら江川のプロ入りはあったのだろうか。もしもプロ入りしていたら、4年後に起きた「空白の一日」によるイメージダウンもなかったろうに・・・。